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大分地方裁判所 平成6年(ワ)609号 判決 1995年11月14日

原告

渡辺敦生

被告

株式会社ヤマシタ

ほか一名

主文

一  被告らは連帯して原告に対し、金一億三〇五〇万九八九五円及びこれに対する平成四年九月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その七を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告らは連帯して原告に対し、金一億八五六七万〇〇九七円及びこれに対する平成四年九月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え(内金請求)。

第二事案の概要

本件は、被告工藤が、その勤務先である被告株式会社ヤマシタ(以下「被告会社」という。)の保有する普通貨物自動車(以下「被告車」という。)を運転していた際、道路左側端に駐車していた原告が乗車中の普通乗用自動車(以下「原告車」という。)に追突し、原告が負傷した事故について、原告が、被告工藤に対して民法七〇九条に基づき、被告会社に対して自賠法三条に基づき、それぞれ損害賠償を請求したものである。

一  争いのない事実等

1  交通事故の発生

日時 平成四年九月五日午前二時三五分ころ

場所 大分市大字日吉原県道大在大分港線久原橋西方約三〇〇メートル地点

態様 被告工藤が前方注視を怠つて被告車を運転したため、道路左側端に駐車していた原告が乗車中の原告車に追突し、原告が負傷した。

2  責任

被告工藤は民法七〇九条に基づき、被告会社は自賠法三条に基づき、それぞれ本件事故に関して原告に生じた損害を賠償する責任がある。

3  損害

(一) 休業損害 六三五万六二九五円

(二) 車椅子代 六五万二一三五円

(三) 介護器具 六八万七六〇〇円(以上につき争いがない。)

4  損害の填補

(一) 原告は、被告らから一一五万円の支払いを受けた(弁論の全趣旨)。

(二) 被告らは、本件事故による原告の治療費として、五九二万五九六三円を支払つた(乙三、弁論の全趣旨)。

二  争点

1  原告の損害額(付添看護費、入院雑費、家屋改築費等、傷害慰謝料、将来の介護費用、逸失利益、後遺障害慰謝料、弁護士費用)

2  過失相殺

(被告らの主張)

駐停車が禁止されている場所において駐停車してはならないことはもとより、駐停車が禁止されていない場所において駐停車する場合には、道路の左側端に寄つて他の交通の妨害とならないようにするとともに、夜間又は視界の悪い場所においては、後方から進行してくる車両から駐停車中の車両であることが容易に判別できるように停止表示器材や非常点滅灯等による表示をするなどして追突事故の発生を未然に防止すべき注意義務がある。原告は、右注意義務を怠り、酒酔い状態で、駐車禁止場所であり、かつ、夜間、豪雨の中、付近には街灯等の明かりが全くない視界不良の地点で、幹線道路の左側の第一車線に車体の約半分をはみ出し、停止表示器材や非常点滅灯、尾灯、駐車灯等による表示をすることなく、駐車していた過失があり、五割の過失相殺をすべきである。

(原告の主張)

原告には飲酒の事実はなく、たとえ飲酒していたとしても、本件事故の発生には関係がない。また、付近には照明灯等があつて、進行してくる車両の前照灯を併せれば、駐車車両の発見は極めて容易であつた。さらに、原告は、巾員一〇メートルを越える三車線の道路の路肩ともいえる場所に寄せるようにして原告車を駐車していたのであり、せいぜい四〇センチメートル余り走行車線に侵入していたに過ぎず、走行車両の妨害になる余地はなかつた。したがつて、原告の過失を斟酌する余地はない。

第三争点に対する判断

一  証拠(甲一、二の1ないし4、三の1ないし6、四、乙一、三、証人渡辺信生、被告工藤信也)によれば、以下の事実が認められる。

1  本件事故状況

(一) 本件事故現場は、別紙図面のとおり、道路中央部分にグリーンベルトの設置された東西に伸びる片側三車線の道路の東行車線上である。また、東行車線の外側車線(最も北側の車線。以下「第一車線」という。)の北側沿いに歩道が設置されており、右歩道の南端と第一車線との間に幅約一・三メートルの路肩部分がある。本件事故現場付近は、平坦なアスフアルト舗装で、非市街地の交通閑散な見通しの良い道路であるが、夜間は付近に照明等がなく、暗い場所である。さらに、本件事故現場付近は、終日駐車禁止となつており、道路標識等による最高速度の規制はない。本件事故当時、本件事故現場付近には強い雨が降つていた。

(二) 本件事故当時、被告工藤は、本件道路の東行車線を被告車の前照灯を下向きに点灯し、時速約六〇キロメートルの速度で走行して、本件事故現場の手前約三七・二メートルの別紙図面<1>地点(以下、別紙図面上の位置は、同図面記載の記号のみで表示する。)に差しかかつた。そして、被告工藤は、左側の第一車線に車線変更するため、<1>地点から左にハンドルを切り、<2>地点まで約二六・四メートル進行したところで、進路前方約一〇・八メートルの<ア>地点に駐車していた原告車を発見し、急ブレーキをかけたが間に合わず、<2>地点から約九・八メートル先の<3>地点まで進行したところで、被告車の左前部が原告車の右後部に追突した。右追突後、被告車は、<3>地点から約三〇メートル離れた<4>地点に停止し、原告車は、<ア>地点から約二五・四メートル先の<イ>地点に停止した。

(三) 本件事故当時、原告は、駐車中の原告車内で休息していた。

その際、原告車は、非常点滅灯、駐車灯、尾灯等を点灯させておらず、また、停止表示器材を設置していなかつた。

2  原告の受傷及び治療経過等

(一) 原告は、本件事故直後、岡病院に搬送され、その当日、大分中村病院に転送され、頸髄損傷、環椎椎弓骨折、軸椎軸突起骨折、頸椎硬膜外血腫、第七頸椎椎体骨折、四肢麻痺等と診断され、直ちに同病院に入院した。そして、原告は、右入院の翌日である平成四年九月六日、椎弓形成術、骨移植の手術を受けた後、集中的監視下に処置及び薬物治療を受け、同月七日から高気圧酸素療法を受け、様子観察の後、同月二五日からは、ハローベストの装着が開始された。その後、原告は、創処置、尿路管理、薬物療法、リハビリの治療を受け、同年一二月七日にはハローベストが除去され、以後、装具療法が開始された。また、原告は、右入院中に発生した仙骨部褥創等に関する治療を受けた。

(二) 同病院の医師は、原告の傷害が平成六年六月二〇日に症状固定した旨の後遺障害診断書を作成した。右診断書における原告の傷病名は、頸髄損傷(第六頸髄髄節レベル以下)、第一・二・七頸椎骨折であり、右症状固定日と診断された当時、原告には四肢麻痺の自覚症状があつた。また、原告の上肢は不全(一部完全)麻痺、下肢は完全麻痺の状態にあり、神経因性膀胱の障害、脊柱に環椎椎弓骨折、軸椎軸突起骨折、第七頸椎椎体骨折等の障害があつたほか、脊柱の運動障害(前屈一〇度、後屈一〇度、右屈二〇度、左屈二〇度、右回旋二〇度、左回旋二〇度)が認められた。

(三) 原告は、現在も同病院に入院しているが、支えなしに座ることはできず、腕を動かすことはできるものの、指は、左手だけが手の大きさに合う比較的軽いものを握ることができる程度であつて、右手の指は動かせず、また、炊事、洗濯、掃除等の家事はできない。さらに、ボタンやチヤツク等の付いていない衣服は独力で着れるが、それ以外の衣服は着れないほか、顔を独力で洗えず、食事については、スプーンですくい、口に運ぶのが限度であり、新聞、書物については、原告の前に台を置いて、新聞、書物をめくりやすいようにすれば、独力で読める程度であり、テレビはリモコンで操作することができる。また、入浴は独力でできず、排尿については、カテーテルで導尿することは独力でできるが、排泄後の尿を廃棄することは独力でできず、排便の準備、処理は独力でできない。さらに、車椅子については、高低差が少なく、比較的広い場所であれば、原告が独力で操作できるが、それ以外の場所では付添いが必要である。

二  損害

1  付添看護費 二五七万八五〇〇円(主張三四三万八〇〇〇円)

前記一2(一)で認定した原告の入院中、本件事故当日から平成六年三月一日までの五七三日間にわたり、原告の母親が、担当医師の指示に基づき、原告に付き添つて看護した(証人渡辺信生)。

右事実に、前記一2(一)で認定した原告の受傷内容、症状、治療経過からすると、付添看護費としては、二五七万八五〇〇円(一日当たり四五〇〇円の五七三日分)が相当である。

2  入院雑費 七八万四八〇〇円(主張九八万一〇〇〇円)

前記一2(一)で認定した原告の症状、治療経過からすると、入院雑費としては、七八万四八〇〇円(本件事故当日から症状固定日である平成六年六月二〇日までの入院日数六五四日につき一日当たり一二〇〇円を適用したもの)が相当である。

3  家屋改築費等 六五九万三二八八円(主張八九一万三三一一円)

原告は、現在も入院中であるが、将来、退院した場合、あるいは、入院中に一時帰宅する場合に備え、自宅の浴場や便所を改造し、また、従来は倉庫として使用されていた部屋を改造して原告用の居室とし、さらに、原告宅の敷地内にある玄関先までの通路にスロープを設け、室外と室内との間の段差があつても、車椅子のままで入室できるようにするため、車椅子用の昇降機を設置するとともに、右各工事の附帯工事を含み合計七二一万円を支払つた(甲六ないし八、証人渡辺信生)。さらに、原告は、右以外の家屋改築費等として、一七〇万三三一一円を請求し、これに関する証拠である請求書(甲一一)の明細欄の工事名欄には「電動リモートコントロールベツド」「クイツクリフト」が記載されているが、原告が介護器具代の証拠として提出したと解される見積書(甲一〇)にも、「電動リモートコントロールベツド」「クイツクリフト」が記載されていることからすると、右両設備については、介護器具代と別個に家屋改築費等として損害を認定するのは相当でない。

右事実に、前記一2(二)(三)で認定した原告の後遺障害の内容、程度、日常生活状況を併せ考慮すれば、右に認定した限度で家屋改築の必要性があると解されるが、他方、浴場や便所等については、同居の家族も利用しており(証人渡辺信生)、同人らが、これらの利用に伴う実質的な利益を受けると解されることをも考慮すれば、原告の損害としては、八二四万一六一一円(甲六の七二一万円と甲一一の一七〇万三三一一円から「電動リモートコントロールベツド」「クイツクリフト」の合計額六七万一七〇〇円を控除した残額一〇三万一六一一円との合計額)の八割である六五九万三二八八円(円未満切り捨て、以下同じ。)の限度で本件事故との相当因果関係を肯定すべきである。

4  将来の介護費用 三六〇八万七〇三九円(主張三八九二万五〇六〇円)

前記一2(二)(三)で認定した原告の後遺障害の内容、程度、日常生活状況によれば、原告の後遺障害が将来改善する見込みはなく、日常生活全般について付添介護を要すると解され、これに、平成四年簡易生命表三二歳男子(原告の症状固定日当時の年齢、甲一、四)の平均余命をも参考にすると、本件事故と相当因果関係のある将来の介護費用としては、三六〇八万七〇三九円(一日当たり四五〇〇円の三六五日分である一六四万二五〇〇円に、中間利息の控除として、四七年間の新ホフマン係数二三・八三二二から二年間の新ホフマン係数一・八六一四を控除した二一・九七〇八を適用したもの)が相当である。

5  傷害慰謝料 三四〇万円(主張三五〇万円)

前記一2(一)で認定した症状固定日までの原告の症状、治療経過、その他一切の事情を考慮すれば、傷害慰謝料としては、三四〇万円が相当である。

6  逸失利益 六六五六万四八〇二円(主張八九九二万〇〇〇七円)

原告は、昭和五五年一二月に高校を卒業後、日照港運株式会社でクレーンやフオークリフトの運転手として働き、平成三年分の給与として右会社から三五四万七四七四円を支給されていた(甲五、証人渡辺信生)。

右事実に、前記二4(将来の介護費用)で判示したところによれば、原告は、症状固定日(三二歳)から六七歳までの三五年間(中間利息の控除として、三七年間の新ホフマン係数二〇・六二五四から二年間の新ホフマン係数一・八六一四を控除した一八・七六四を適用)にわたり一〇〇パーセントの労働能力を喪失したものと認められる。

そうすると、逸失利益は、六六五六万四八〇二円(右年収三五四万七四七四円に右新ホフマン係数一八・七六四と右労働能力喪失率を適用)となる。

7  後遺障害慰謝料 二四〇〇万円(主張二五〇〇万円)

前記一2(二)(三)で認定した症状固定日当時における原告の症状に、前記二6(逸失利益)における判示内容、その他一切の事情を考慮すれば、後遺障害慰謝料としては、二四〇〇万円が相当である。

8  弁護士費用 七〇〇万円(主張一〇〇〇万円)

原告の請求額、前記認容額、その他本件訴訟に現れた一切の事情を考慮すると、弁護士費用としては、七〇〇万円が相当である。

三  過失相殺

前記一1で認定したところによれば、被告工藤は、本件事故現場が夜間暗く、しかも、当時強い雨が降つていたことも加わつて、前方の見通しがかなり悪い状況にあつたから、進路前方に障害物を発見した場合には、直ちにその障害物との衝突を回避できるように適宜速度を調整しつつ、より一層前方を注視して進行すべきであつたにもかかわらず、漫然時速約六〇キロメートルの速度のまま、前方に対する注意が不十分な状態で第一車線を走行したため、第一車線にはみ出して駐車していた原告車に追突したもので、その過失は重大であるが、他方、原告も、本件事故現場付近は、交通閑散であるとはいえ、車両がかなりの速度で走行する場所で、夜間は暗く、しかも強い雨が降つていた中で、非常点滅表示灯又は尾灯を点灯するなどの追突事故を未然に防止すべき措置をとらず、第一車線にはみ出し、駐車禁止場所に駐車していた点で落度があると解されることからすると、本件事故発生について、被告工藤には八五パーセントの、原告には一五パーセントのそれぞれ過失があると解される。

そうすると、一億五三六三万〇四二二円(前記二1ないし7の損害合計額一億四〇〇〇万八四二九円に、争いのない前記第二の一3の損害合計額と、損害の公平な分担の見地から治療費五九二万五九六三円とを加えたもの。なお、乙三によれば、本件事故当日から前記症状固定日までの治療について、岡病院と大分中村病院の治療費が合計五九二万五九六三円、社会保険の求償分が七五四万五五六〇円であると認められ、被告らは、右金額を過失相殺の対象とすべきであると主張するが、社会保険制度の趣旨からすると、右社会保険の求償分を過失相殺の対象とするのは相当でない。)に右過失割合を適用した過失相殺後の金額は、一億三〇五八万五八五八円となる。

四  以上によれば、原告の被告らに対する請求は、一億三〇五〇万九八九五円(前記過失相殺後の金額一億三〇五八万五八五八円から前記第二の一4の損害填補額合計七〇七万五九六三円を控除した残額一億二三五〇万九八九五円に、前記二8の弁護士費用七〇〇万円を加えたもの。なお、被告は、前記社会保険の求償分を損害填補として主張するが、右主張は採用できない。)と本件不法行為の日である平成四年九月五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 安原清蔵 高橋亮介 木太伸広)

別紙 <省略>

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